クビワコウモリ(学名:Eptesicus japonensis)は、日本固有種のコウモリであり、
福島県、埼玉県、東京都、石川県、長野県などで観測されています。
背面の下毛は黒褐色、上毛の先端はやや淡い褐色から白色を帯びており、
覆面はやや明るい黄褐色なのが特徴です。
主な生息地として、長野県では家屋が利用され、
出産哺育コロニーも確認されています。
本記事では、クビワコウモリについての基本情報や生態、
ほかのコウモリとの違いなどを詳しく解説するので、ぜひ参考にしてください。
世界中のコウモリは2種類に分けられる
世界には1,000種類以上のコウモリが存在し、
大きく分けて「ココウモリ(小翼手亜目)」と
「オオコウモリ(オオコウモリ亜目)」という2つのグループに分類されます。
ココウモリは小型の種が多く、主に昆虫や小動物を捕まえて食べます。
超音波を発してその反響を利用するエコーロケーション(反響定位)という
能力を使用して、周囲の状況を把握するのが特徴です。
一方、オオコウモリは大きな目で視力を頼りに活動するほか、
主に熱帯や亜熱帯の島々に生息し、果物を主食とすることから
「フルーツコウモリ」とも呼ばれています。
日本にいるコウモリのほとんどはココウモリの仲間であり、
クビワコウモリもその一例です。
ココウモリの特徴
ココウモリは、世界に生息するコウモリの約8割を占めており、
日本国内では確認されている34種のうち32種がこのグループに含まれます。
体の大きさは最大でも10cmほどと小さく、
クビワコウモリも属している種類です。
最大の特徴は「エコーロケーション」と呼ばれる能力で、
超音波を発してその反射音から周囲の環境を読み取ります。
暗い場所でも目を使わずに昆虫などを正確にとらえることができるため、
夜行性の生活を支える大きな能力といえるでしょう。
オオコウモリ(フルーツコウモリ)の特徴
オオコウモリは、翼を広げると1メートル以上になる大型のコウモリで、
果実や花の蜜を好むことから「フルーツコウモリ」とも呼ばれています。
バナナ、マンゴー、イチジクなどを主食とし、
同時に花粉を運ぶ役割も果たすため、
森林の生態系維持にも貢献しているのが特徴です。
ただし、果樹園では果物を食べてしまうこともあり、
農作物被害の原因になることも見受けられます。
日本では、オガサワラオオコウモリやヤエヤマオオコウモリが代表的な存在で、
どちらも現在は希少種として保護の対象です。
特定の地域では、夜間に観察できるナイトツアーも開催されています。
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クビワコウモリの基本情報
和名 | クビワコウモリ |
分類 | ヒナコウモリ科クビワコウモリ属 |
学名 | Eptesicus japonensis |
体長 | 約5.4~6.8㎝ |
体重 | 約8〜13g |
クビワコウモリの生息域
クビワコウモリは日本固有種であり、国内の特定の場所にしか生息していません。
現在までに、福島県、栃木県、埼玉県、山梨県、東京都、新潟県、
石川県、岐阜県、長野県、富山県、静岡県の11都県で観測が確認されています。
繁殖に関与した個体は石川県と岐阜県で、
出産哺育コロニーとして見つかったのは長野県の家屋のみです。
そのほかにも、ナイトルースト(夜間休憩所)として家屋の利用例があります。
クビワコウモリの見た目の特徴
クビワコウモリの背中の毛の色は黒みがかった茶色で、
表面の毛先はやや明るく、白っぽく見えることもあります。
腹部側は少し明るい茶色で、耳は小さく、丸みを帯びた形をしているのが特徴です。
耳の後ろから胸のあたりにかけては琥珀色の毛が生えており、
その色合いや毛の生え方から、角度によっては首輪のように見えることが、
名前の由来となっています。
尾のまわりには尾膜と呼ばれる皮膚があり、少し突き出しているほか、
尾の中央部あたりまで黒っぽい毛が生えている点も
クビワコウモリならではといえるでしょう。
側膜は後ろ足の外側の指の付け根につながってついています。
クビワオオコウモリとの違い
「クビワコウモリ」と名前が似ている種類に、クビワオオコウモリがいます。
しかし、見た目や分類上には明確な違いがあるので、あらかじめ知っておきましょう。
まず、クビワコウモリは手のひらに収まるほどの小型種であるものの、
クビワオオコウモリは翼を広げると1メートル以上になることもある大型のコウモリです。
生息地や食性も異なり、クビワコウモリは日本本土の山間部などに生息し、
昆虫を捕らえて捕食する修正を持つ一方、クビワオオコウモリは主に南西諸島に分布し、
果物や花の蜜を食べる植物食です。
さらに、クビワコウモリはエコーロケーション(超音波)を使って物体を認識し、
クビワオオコウモリは大きな目を持ち、視覚に頼って行動する点も大きく異なります。
クビワコウモリの生態
クビワコウモリは、どんな環境で暮らし、
季節ごとにどのように過ごしているのでしょうか。
活動する時期や食べているもの、鳴き声の特徴などから
その生態を見ていきましょう。
活動時期
クビワコウモリは、5月下旬から6月上旬にかけて出産と
子育てのためのコロニー(集団)を形成します。
出産は6月下旬から7月中旬にかけて行われ、子育てが終わると、
8月上旬から餌を探す活動が本格化するのが特徴です。
この頃からコロニーは少しずつ分散を始め、
8月下旬から9月には全ての個体がその場所を離れます。
ねぐらに集まるコウモリの数は、フクロウや人間などの天敵が周囲にいるか
どうかが影響するといわれています。
活動時間
クビワコウモリはほかのコウモリと同様夜行性の動物で、
活動を始めるのは日が暮れる頃からです。
日中は建物や家屋のすき間、自然林の枝など暗くて静かな場所に身をひそめ、
休息しています。
夕方から夜にかけて昆虫を探して活発に飛び回るため、水辺や森林の周辺など、
エサとなる虫が多い場所を好むのが主な傾向です。
また、夜の間にエサを探し終えると、再びねぐらに戻って朝まで休むという
生活リズムを繰り返しています。
鳴き声
クビワコウモリは、「エコロケーション」と呼ばれる仕組みで超音波を発し、
その跳ね返りから周囲の状況を読み取っています。
音自体は目には見えないものの、障害物を避けたり、
獲物を見つけたりするのに役立っています。
さらに、単なる探知のためだけではなく、
仲間との意思疎通にも使われているのが特徴です。
発する音の種類には、一定の周波数を保つ「QCF型」や、
周波数が変化する「FM型」があり、飛んでいる場所や状況に応じて
使い分けていると考えられています。
食べ物
クビワコウモリが捕食するのは、カゲロウ目、チャタテムシ目、カメムシ目、
アミメカゲロウ目、コウチュウ目、ハチ目、ハエ目、トビケラ目、チョウ目といった昆虫です。
農作物に被害を与える害虫を多く食べることから、クビワコウモリは益獣ともいわれています。
自然のバランスを保ち、害虫駆除にも貢献しているといえるでしょう。
クビワコウモリは絶滅危惧種に指定されている
絶滅危惧種は環境省により、以下の表のとおりに9つの種類に分類されています。
クビワコウモリは、絶滅危惧種Ⅰ類から絶滅危惧種Ⅱ類が中心で、
絶滅の恐れが非常に高いコウモリです。
分類 | 説明 |
絶滅 | 我が国ではすでに絶滅したと考えられる種 |
野生絶滅 | 飼育・栽培下あるいは自然分布域の明らかに外側で野生化した状態でのみ存続している種 |
絶滅危惧Ⅰ類 | 絶滅の危機に瀕している種 |
絶滅危惧ⅠA類 | ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高いもの |
絶滅危惧ⅠB類 | 1A種ほどではないが、近い将来における野生での絶滅の危険性が高いもの |
絶滅危惧Ⅱ類 | 絶滅の危険が増大している種 |
準絶滅危惧 | 現時点での絶滅危険度は小さいが、生息条件の変化によっては絶滅危惧に移行する可能性のある種 |
情報不足 | 評価するだけの情報が不足している種 |
絶滅のおそれのある地域個体群 | 地域的に孤立している個体群で、絶滅のおそれが高いもの |
クビワコウモリが分布しているのは日本列島の中央部分で、
該当する地域はほとんどが絶滅危惧Ⅰ類か、絶滅危惧Ⅱ類に分類されています。
絶滅危惧種Ⅰ類とに分類されているのは、埼玉県、山梨県、東京都、新潟県、
石川県、岐阜県、長野県の7都県で、絶滅危惧種Ⅱ類は富山県と静岡県です。
絶滅の危機に瀕している主な原因として、
古い建物や洞窟の撤去や森林伐採による棲み処の消失、
人が立ち入ることが多くなりねぐらにしづらくなったなどが挙げられます。
現状を改善するためには、生息地の保全や人工ねぐらの設置など、
地域ぐるみでの保護活動が欠かせません。
クビワコウモリの保護活動
クビワコウモリは絶滅の危機に瀕していることから、
各地で生息環境を守るための取り組みが進められています。
たとえば、岐阜県では大径木が存在する自然林を可能な限り保全し、
クビワコウモリが日中のねぐらとして利用できる場所を提供する活動を行っています。
長野県の松本市乗鞍高原では、1996年に保護団体「クビワコウモリを守る会」による
繁殖施設「バットハウス」の建設が行われました。
2024年には改修工事が行われ、さらなる保護活動に力を入れています。
今後、クビワコウモリの生態系維持のためには、
人とコウモリが共存できる環境づくりが重要となるでしょう。
クビワコウモリは飼える?
クビワコウモリを含む野生のコウモリは、鳥獣保護管理法により、
許可なく捕まえたり飼育したりすることが禁じられています。
違反すると、1年以下の懲役または100万円以下の罰金が科される可能性があるため、
くれぐれもご注意ください。
もしペットとしてコウモリを飼いたい場合は、
エジプシャンルーセットオオコウモリやデマレルーセットオオコウモリなど、
果物を主食とし、飼育が法律で認められている種類を選ぶようにしましょう。
参考
環境省「鳥獣保護管理法」
クビワコウモリを見られる動物園はある?
現在、日本国内でクビワコウモリを展示している動物園は確認されていません。
絶滅危惧種に指定されている種であり、
保護のために飼育や展示が制限されている可能性は非常に高いといえるでしょう。
ただし、長野県松本市の乗鞍高原ではクビワコウモリの
観察会が定期的に開催されています。
観察会では、専門家の解説を聞きながら、
実際にクビワコウモリの姿を観察することが可能です。
自然と触れ合いながら、絶滅危惧種の保護について理解を深めるよい機会となるでしょう。
参考
貴重なコウモリと身近なコウモリ
クビワコウモリは、絶滅の危機に瀕する貴重なコウモリとして特別な保護が必要ですが、
日本には人の生活に密接に関わるコウモリがいます。
それが、アブラコウモリです。
アブラコウモリは日本全国に広く分布し、都市部でもよく見られる小型のコウモリで、
住居の屋根裏やビルの隙間などに棲みつくことが多く、糞害や騒音、健康被害を引き起こします。
貴重な種は守るべきですが、身近なコウモリとの付き合い方には注意が必要です。
家屋に棲みつくのは主にアブラコウモリ
日本で最も生息数の多いアブラコウモリは、ココウモリの一種です。
都市環境に適応しており、建物の隙間などの暖かく安全な場所を好んで棲みつく傾向があります。
同じコウモリとはいえ、生息環境や人との関わり方には大きな違いがあるのです。
アブラコウモリは屋根裏や換気口、外壁の隙間などに棲みつくため、害獣として問題になることが多々あります。
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アブラコウモリによる4つの被害
アブラコウモリが家屋に棲みつくと様々な被害が発生します。
ここでは代表的な被害を4つご紹介します。
4つの被害
- 糞尿が引き起こす悪臭
- 羽音や鳴き声による騒音
- 病原菌やダニ・ノミによる健康被害
- 屋根や壁の劣化
1.糞尿が引き起こす悪臭
アブラコウモリが建物に棲みつくと、糞尿の蓄積による悪臭が発生します。
屋根裏や壁の隙間に長期間留まると、臭いが染みつき、簡単には取り除けなくなります。
糞尿が湿気を含むと発酵し、アンモニア臭が強くなり、
臭いが建材に浸透すると換気を行っても消えにくく生活環境に影響を及ぼします。
定期的な点検と清掃を欠かさず、コウモリが棲みつく前に適切な対策をすることが重要です。
2.羽音や鳴き声による騒音
アブラコウモリは夜行性のため、夜間に活発に動き回ります。
屋根裏や壁の内部に生息している場合、
飛び立つ際の羽音や、仲間同士のコミュニケーションとして発する鳴き声が騒音となり、
住人の睡眠を妨げることがあります。
大量に棲みつくと音の頻度や大きさも増し、
ストレスの要因となります。
放置するとさらに個体数が増え、騒音被害が深刻化するため、
早めの対応が必要です。
3.病原菌やダニ・ノミによる健康被害
アブラコウモリやアブラコウモリの糞尿に触れると、病原菌によって健康被害につながるリスクがあります。
糞が乾燥して粉塵化し空気中に拡散すると、ヒストプラズマ症などの感染症を引き起こすこともあり、
免疫力の低い方や高齢者にとっては深刻な問題となります。
また、コウモリに寄生するダニやノミが人間に寄生すると、アレルギーや皮膚炎が生じます。
参考
4.屋根や壁の劣化
アブラコウモリの糞尿は建物の損傷を引き起こす原因になります。
木材や断熱材に浸透すると腐敗により耐久性を低下させる恐れがあり、
長期間放置するとカビが発生することで建材の劣化を早めてしまうのです。
コウモリの被害を防ぐためには、
棲みつく前に対策を行い、定期的な点検も欠かさないことが重要です。
クビワコウモリを見つけたら保護・アブラコウモリはプロに相談を
クビワコウモリは様々な地域で絶滅危惧Ⅰ類として登録されており、
保護活動が進められているため、見かけた場合は
地域の自然保護団体や専門家に報告し保護に協力することが重要です。
一方で、日本の住宅に棲みつくことの多いアブラコウモリは、糞害や騒音、健康被害を引き起こすことで、人間の生活に影響を与えます。
どちらのコウモリも生態系の一部として重要な役割を果たしていますが、
住宅に被害を及ぼす場合は適切な対策が必要です。
自宅でアブラコウモリを見かけた際は、
自力での駆除を試みるのではなく、プロに相談しましょう。
専門の業者で駆除をすると、
コウモリの生態を熟知したうえで再来対策もしっかり行ってくれます。
コウモリの種類や特徴を理解し、
守るべきものは守りながら、人とコウモリが適切な距離を保てる環境を整えましょう。
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